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2026.04.12

和見を訪ねた山歩き

260412a(和見集落を望む)

先月かなり久しぶりにゴウド山~高指山~瀬渕山を訪れた際に思い出したのがまだ未訪だった和見のこと。沢筋の詰めにもかかわらず、浅い谷のなるい地形はかなり特殊な感じでかつては気にしていたのです。

今回はタクシーで和見の下流端でもある川ノリに出てからスタートしてみました。まずは車道をてくてく歩きながら上を目指します。

260412b(山王神社より・左手は和見分校跡)

すぐに集落に上がって驚いたのが沢沿いの集落にもかかわらず日当たりがかなり良好で明るかったこと。山奥にもかかわらずおそらくほぼ一日中日差しが入ってそうですね。

甲東小への道の分岐はいまいち判断つきませんでしたが、和見分校跡のきれいさにも驚き(まだ生徒が通っていそうな雰囲気)、おとなりの山王神社に参拝。なおも奥へ登っていきます。

260412c(高丸と高指山)

260412d(王勢龍<おせろう>神社)

そして集落の最奥にある神社(吉備人出版の地図がなければ絶対にわからなかった)が権現山・大ムレ権現の里宮でもある王勢龍神社。


神社の思いのほかこじんまりとした様子が意外で、ここで偶然お見かけした地元の方にいろいろお話を聞くことができたのは幸運でした(ありがとうございました)。曰く5月頭に例祭があってオオカミのお札を刷るとか。オオカミといえば三峰や御嶽が浮かびますが、広義の秩父山地ではオオカミ信仰が大半ですね。

260412e(奥の権現社)

お話を聞いたらここで引き返す予定だったのですが、林道を置くに行ったところにも権現社があるということなので、寄ってみました。

植林下にあり通り過ぎそうになりましたが、何とか見つけて参拝。ここでようやく来た道を戻ります。

260412f(来た道を戻ります)

260412g(山王神社)

とりあえず東の御林峠へ向かうので、集落の中を縫うように延びる峠みちを追います。

260412h(御林峠へ向かいます)

ここも集落の明るい雰囲気と相まって佳き道。畑を突っ切り墓地を過ぎると道はダートに変わり、林道に。峠みちは山道というより終始広い林道状で水平に移動する感じでした。

260412i(峠みちはほぼ林道状)

260412j(ほぼ原形をとどめた炭焼き窯が散見された)

こういうところでは炭焼き窯をよく見かけますけど、ここまで原形をとどめたものは珍しいですね。

かなり近年まで使用されていたのかもしれません。かなり近年といっても50年以上は経っていると思われますが。

260412k(御林峠の道しるべ)

和見から小一時間ほどで御林峠に出ました。峠は東は棡原。北は権現山(大室山)。南は芦垣と交通の要所になっており、道しるべにもなっている石碑からかつての往来に思いをはせるのもまた一興。

ここからの行き先は迷ったのですが、時間に余裕もあるので南西の要害山へ向かうことにしました。

260412l(並木道のような尾根道)

実はこの要害山からの尾根も25年以上ぶりに歩くところで、やはりというかほとんど覚えていませんでしたね。

道中は雑木林が多く、明るい尾根道が大半なので尾続山からのミニ周回も面白そうです。

260412m(和見の集落を望む<中央右寄り>)

途中の風の神様のピークからは先ほどまでいた和見の集落を望めたのも感慨深く、和見から水平に近い感じで移動したのがよくわかる。これもひとつの山旅ですな。

260412n(要害山手前の鞍部)

これもすっかり忘れていたのが要害山手前の鞍部から鳥居と灯篭が立ち、ここから立派な参道になっていたこと。

鞍部から一登りで要害山の広い山頂に出ました。

260412o(要害山山頂)

要害山の山頂は何となく覚えていましたが、今は登山道になっているので当時と比べて説明書き等が多く、いろいろ参考にもなりました。

かつて坪山が富士急バスで大々的に売り出された後、この要害山もバスで宣伝されるようになっていて当時は驚いたのですが、改めて歩いてみるとここは短めのハイキングコースとしてかなり秀逸だなとも感じました。今と昔では見えるものが違う。久しく歩いていないところを改めて歩いてみることの楽しさ、大事さを改めて感じるような山行になりました。

 

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【大菩薩・権現山稜】」カテゴリの記事

コメント

ゴン太さん、

先ほどbbsで気が付きました。長らく放置してしまい申し訳ございません。m(_ _"m)

登下、下りられたことがあるのですね!あそこも山上集落の感じの地形で気になっています。台地上の大倉、芦垣も未踏ですし、自分も歩かなければいけないところがあったことに気が付いた山行でしたし、今後にとっておけるようなコースも浮かびました。とにかく目から鱗が落ちる様な山行でしたお・

投稿: komado | 2026.05.06 17:24

この辺りを訪れたのは11年ほど前。当時売り出し中で、私は尾続から歩いて要害山手前の鞍部から名前にひかれて登下(とっけ)へ降りてしまいましたが、ご指摘の通り素敵な尾根歩きができました。
その時気になったのは大倉沢辺りの地形で、近いうちになんて思っていたのがいまだ再訪できていません(笑)。
読みながら、私も時を経てもう一度この辺りを歩いてみたくなりました。要害山登頂しないと(笑)いけませんし。

投稿: ゴン太 | 2026.04.15 14:14

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