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2010.01.03

ビリ沢歩道の再訪を絡めて金山沢の辺りへ

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(西沢860m圏二俣中間尾根上部にて)

 
 
あけましておめでとうございます。
今年もみなさん無事に山歩きができることを心より祈っております。
 
 
・・・・・☆

去年は(というか「も」か)暮れが末も押し迫ったときに歩けなかったので、今年の初歩きは昨日(01/02)でした。今年の初歩きはもちろん??世附で、正月にバスの融通が利く平野からのスタート。

まずは平野から高指山に上がり、甲相国境稜線を西丸・東丸の尾根が派生する要所小屋ノ頭まで歩いてから山伏歩道を下降。金山沢に降り立ったら次は水ノ木林道~樅ノ木林道に入り、そのまま道なりに樅ノ木沢ノ頭南尾根を通るビリ沢歩道へ。そして途中の1004m峰から南へ伸びる枝尾根を辿って西沢へ降り、西隣の西沢860m圏二俣中間尾根を登り返して甲相国境稜線に出たら平野へ戻るというコースを歩いてきました。

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(甲相国境稜線・大棚ノ頭を捲くところ)

この日は朝は家から出たときと大月と吉田と平野がほとんど同じ気温(マイナス2、3℃)という変な朝で、朝から快晴の上に吉田や平野辺りでは気温がかなり下がる予報も出ていたのに、電車から降りたときの暖かさはホッともしたけど、真冬とは思えない気温が正直ちょっち気持ち悪かったです。

と言う訳でそんな暖かさから至ってスムーズに歩き出して、初歩き相応しいくっきりとした富士を振り返りつつルンルン気分で高座山に上がったんですけど、稜線に上がったらさすがに今の時期ですね。強風が稜線を吹き抜けてやっぱり寒かったのでした。

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(山伏歩道・西丸を捲く辺り)

風に吹かれつつ稜線を北上し、水ノ木分岐(ここからの道は崩落で歩けない)から要所小屋ノ頭に上がれば寒い寒い稜線歩きはここでお終い。お茶を一口飲んでから直ちに西丸方面へ下り始めます。

金山谷の辺りを訪れるのはは七年半ぶりだったんですけど、意外にスズタケが残っていたことに驚きつつ切り開きを探りつつ下って行きます。そして西丸の西鞍部に降り立つと左に通せんぼされている道が分かれていて、それがこれから下る山伏歩道。あぁ 悪い子・・・と思いつつ、ここからさっそく歩道に入りました(笑)。

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(山伏歩道・植林帯に入ると道がハッキリする)

道は思いの外ハッキリしていてじきに西丸の北東尾根と合流。やがて尾根が丹沢特有の白ザレの痩尾根に変わると尾根の左後から道が来ている鞍部に着きます。左後からの道はビリ沢歩道(樅ノ木沢ノ頭南尾根)の中腹から金山沢の源流部の中腹を延々(本当に!)とトラバースしてきた道で、その意外にハッキリした様子に驚きつつもここは尾根を右へ外れる道筋を追います。

道はもう一度尾根に戻ったらまたすぐに右に外れ、今まで辿っていた西丸北東尾根の主尾根からも外れると道も明瞭になって、あとは南の枝尾根をぐなぐなと行きながら降りていき、まもなく沖ビリ沢(エアリアで言う沖ビリ沢=山伏沢ではなく、その一つ南の沢)に降り立ちました。

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(水ノ木林道に出ました)

沖ビリ沢からは沢沿いのせいか道は判りづらくなりましたが、歩きやすいところを適当に降りるとこれまたまもなく金山沢との出合に到着。対岸のすぐ上には水ノ木林道が通っていました。

出合辺りの河原で休憩をとったらここからしばらくは林道歩き。林道は最初こそ荒れていましたけどすぐにマトモになり、5分ほどで着いた樅ノ木林道との分岐の辺りが金山沢の沢床も広い感じで「五反歩」と呼ばれるところでしょうか。

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(樅ノ木林道で見かけた年代物のバス)

樅ノ木林道の方はさすがに荒れていてすでに幅広の山道とも言えるような状況です。去年歩いた樅ノ木沢 西沢右岸尾根を乗り越し、もう一つ尾根を乗り越すとプリンス(・・・って日産の前身ですよね?)の古いバスが放置されているのを見るとその先で西沢に降り立ちました。

ここから西沢をひと下りすると樅ノ木沢本谷との出合で、石組みの堰堤が若干目障りなものの白砂を流れる清流がステキな所。その様子に今回はここでランチにしようと決めていた所だったのです。

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(西沢 樅ノ木沢出合)

目論見通りにランチをとれていい気分になったら腰を上げ、西沢沿いに林道の横切る所まで戻ったらそのまま対岸の樅ノ木沢ノ頭南尾根側に移ります。そしてそのまま道なりに延びている山道が何を隠そうビリ沢歩道だったのです!要は最近入手した世附国有林の施業図(第3次国有林野施業実施計画図・いわゆる林班図)によると樅ノ木沢がその図では「ビリ沢」となっていたのでこの道がビリ沢歩道と名付けられているようなのでした。

そしてビリ沢歩道自体はその施業図によるとすぐに尾根に上がるのではなく、南尾根末端部を西から東へぐるりと回り込んでから尾根上に上がる感じなのでその通りに道を追ってみたのですが、道が東斜面に移ってしばらく行くと斜面が広がり道も判らなくなってしまったので、道なのか鹿道なのかのようなものを適当に辿って尾根上に上がりました。

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(ビリ沢歩道<樅ノ木沢ノ頭南尾根>1004m峰あたり)

南尾根上に上がったら後は尾根を上がるだけ、ではなく、次は山伏歩道を降りた時に確認した金山沢源流部中腹のトラバース道を確認することだったんですけど、こちらもよくわからず道を探しつつ立派なモミを愛でつつ登っていったらいつのまにやら1004m峰に上がっていました。

ここから植林に覆われた南の枝尾根を降りている間も先のトラバース道を探したんですけどやっぱりよくわからず、途中から西に860m圏の二俣附近へ降りる枝尾根を捉えて降りるとまもなく広々とした西沢の沢床に着地。そこからナメ滝を見つつひと下りで860m圏の二俣でした。

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(西沢860m圏二俣)

この二俣の中間から伸びる尾根を歩くのが今回最大の目玉だったんですけど、花崗岩?のザレ壁をよじ登って尾根上に上がるとその先には予想はしていたけどやっぱり植林が。。。

それにもめげず尾根に取り付くと、尾根上には植林の中薄くスズタケが被っている程度で歩きやすいのはこの周辺の尾根と同じですね。先のトラバース道もここではもしかするとコレかもというのが見つかりましたけど、その前後がイマイチ繋がっていないので果たしてコレが本当にその道なのか怪しいところかも(笑)。

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(西沢860m圏二俣中間尾根 中腹あたり)

植林の中を淡々と登り、その植林が切れる辺りには奥世附歩道が横切っている筈なんですけどこちらも今ひとつ判らない感じ。これでは今まで周辺の尾根を歩いていても気がつかなかったのは当然のことですね。

そしてようやく雑木林に変わると尾根も急になり、今度は急な登りの上に日差しがまともに当たるものだからこれが暑いのなんの。これなら植林の方が良かったなんて思うのは本当に自分勝手というものですね(笑)。雑木に変わった当初は枯れていたスズタケも上がるにつれそれなりに濃くなり、やがて国境稜線に飛び出しました。

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(甲相国境稜線に出ました)

稜線は相変わらず風が吹き付け、休む気もそして隣の西沢ノ頭にも寄る気がも起きないような寒さ。それでもとりあえずダニチェックだけはしておかないといけないので、風邪をひきそうになりながらもダニチェックを終えたらあとは平野へ戻るだけ。

今回は山伏峠に降りてR413をひたすらに歩いて平野へ戻るつもりだったんですけど、山伏峠があまりに久し振りだったせいか、峠へ下る最後の最後に真新しい切り開きに惑わされて峠手前の尾根を降りてしまいました。

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(西丸と丸尾山、そして明神山・湯船山)

間違えに気がついても峠へ登り返すのも面倒なのでその尾根を降りきり、R413に這い上がって平野へ向かうと10分ほどで中山橋に出たのですが、ここで時計を見るとなんと最終のふじっ湖号に間に合いそうな感じ。(いつも利用している高速バスは帰省ラッシュなので今回はハナから利用する気がなかった)

なので後は急ぎ足で行き石割の湯には定刻の2分遅れぐらいで到着したんですけど、それでも富士急山梨バスさんはこのあたりの所をさすがに弁えていて(笑)実際のバスは定刻の6分遅れでやってきたのでした。(^^) 同じ富士急なのにこの違いはなによー!湘南バスさんもこの姿勢を見習ってね~などどタワけた事を思いつつ、ほくほく気分で帰途についたのでした。

・・・・・☆

◆ 2010.01.02 (Sat)   快晴
富士吉田駅 07:15→ 平野 08:05/08:10- 高指山 08:45- 要所小屋ノ頭 09:40- 沖ビリ沢出合 10:35/10:45- 西沢出合(樅ノ木林道終点)11:00/11:40- 1004m峰 12:25- 西沢860m圏二俣 12:40/12:50- 西沢ノ頭 14:00/14:10- 石保土山 14:30- 要所小屋ノ頭 14:45- 中山橋(R413) 15:30- 石割の湯 15:50
 

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コメント

ボクとかずさんはその辺りも少し違うけど、例えば昔の資料を読んでいるうちにワクワクしてくると言うのも本当にわかるから!やっぱりその辺りに絶対的なものはなくて人それぞれなんですよね。

わくわく感というは本当に大事ですよ。ガイドやネットの情報を必要以上に取り込んだら、結局それを確認するだけの歩きになってしまってそれこそ本末転倒。それじゃぁ山歩き自体が好きじゃなくなるかもしれなくなっちゃうもん(笑)。

投稿: komado | 2010.01.17 15:01

>東京都の水源林にも巡視路が判るようなその手のものがあるんですけどボクは入手してないんですよ。
風の噂で僕もなんとなくその存在を知っておりましたが、わざと入手していなかったとは驚きです。
確かに、必要な情報と不必要な情報をうまく選別する必要がありそうですね。

それと、ワクワク感は、僕もかなり大切にしたい要素です。
知らずに行ってみて、不思議なものを発見して、後で調べたら、実はこういうものだったっていうほうが、事前に知っていたのとで感じ方がワクワクの度合いが違うと思います。

道の状態によって、資料を調べる調べないと差をつけて、おもしろみに変化をつけているのは、なんだかええなあと思います。
情報のとらえ方、利用の仕方は、共感できますね~。

投稿: かず | 2010.01.16 21:50

ドブ鼠さん、

いえいえ、必要以上に詳しいものほど良くないものはありませんから。「感じ」がわかればもう十二分ですよ。

最近でこそ少し違いますけど、世附といえば以前は過去の遺構絡みの話ばかりで、あれだけの、そしてある意味狂おしいまでの自然林も擁した世附の「山自体の良さ」を語る記述がほとんど無いことに何となく違和感を覚えていたんです。

トバとナカのビリ沢の話、確かに施業図と地形図は違いますネ!今度訪れる機会があったら確認してみようと思います。(^^)

投稿: komado | 2010.01.07 23:21

> 明けましておめでとうございます。

かずさん、おめでとうございます。o(_ _)o

林班図等この手のものはボクもあまり詳しくはないけど、基本的には所有者によって国や地方公共団体の担当部署(国有林なら森林管理署)にご相談となるのでしょうね。

そおいや東京都の水源林にも巡視路が判るようなその手のものがあるんですけどボクは入手してないんですよ。事前にわかっちゃうと未知のワクワク感がなくなっちゃいますからね~。んじゃ何で世附のは手に入れたかと言えばそれは今回の記事でもわかるように東京都の水源林とは違ってあちらは本当に廃道状態の道ばかりですから。

結局資料はイマジネーションを広げるものでもあるけど、反対にスポイルするものでもある。その辺りの塩梅はもちろん十人十色だけど、個人的に一番気を遣っているところでもあります。

投稿: komado | 2010.01.07 23:07

komadoさん

文章は苦手で単純な記述しか出来ず、情報にはほど遠いと思います。
好奇心は強いですが、スキルはたいした事ありません。

西丹沢頂稜河川土地名称図の前ビリ沢と中ビリ沢は別々に金山沢に出合うように
見えますが(2万5千図も)、実際は林班図のように金山沢の直前で合流します。
歩道以外にも戦前の路網線らしき径跡もあって世附は興味深いです。

投稿: ドブ鼠 | 2010.01.06 23:05

明けましておめでとうございます。
寝正月で貼り付ける画像が無いので、こちらで失礼いたしま~す。

山伏歩道・ビリ沢歩道、興味をそそられる名前ですね~。
施業図なるもので歩かれたみたいですけど、どんな地図なのでしょうか~?
地名がたくさん書いてありますか~?

林班図っていうの?
林業関係の人が使う、地形図があるらしいんだけど、どこで閲覧できるのかさっぱりわかりません。
郷土資料を見ていると、時々等高線の間隔が1mか2mくらいの細か~い地形図が出てくるんですよね。それのことかな?
施業図でたどる山旅も楽しいだろうなあ。

年末は石堂峠だったのも意外で驚きましたよ~。

投稿: かず | 2010.01.06 14:40

ドブ鼠さん、こんばんわ。ようこそいらっしゃいました。(^^)

あの道はそんな時期にできたのですね。確かに世附の辺りをいろいろ歩いた印象からも林内を通るあの歩道達はみんな造林絡みではないのかなぁ、と思っていたのです。伐採後放置されて育った雑木林や手入れの余り良くない植林下では道がああなるのはもう仕方ないんでしょうね。

それはそうと世附がらみでまともな情報として引っかかるのはドブ鼠さんのページぐらいですので、特に今の時期は拝見しています。GPSや高度計がないとこの手の山に入れないという、根本的に「その資格自体を問われるようなひと」たちがさも訳知りにネット上を跋扈している昨今、ドブ鼠さんは数少ない(本当に!)本物のスキルを持ちあわせている方とお見受けしております。今後も本当に気の向いたときで結構ですので、お話を聞かせてもらえると嬉しいです。

投稿: komado | 2010.01.04 23:29

komadoさん

奥世附歩道は昭和29年に完成したそうです、補修されなくなった径は見つけるのが難しいですね。
ビリ沢歩道の末端から樅ノ木沢側に回ってから径が不明になる等は、同じ状況だと思いました。

投稿: ドブ鼠 | 2010.01.04 19:55

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